2012年10月5日

【死への準備】 ジャーナリスト金子哲雄さんが葬儀参列者に宛てた手紙が凄い

デイリースポーツonlineの記事
http://www.daily.co.jp/gossip/2012/10/05/0005427570.shtml

> 2日に肺カルチノイドのため、亡くなった流通ジャーナリスト・金子哲雄さん(享年41)の通夜が4日、東京・港区の心光院で営まれ、
>800人が参列した。
>病に侵され、死を覚悟していた金子さんは、8月から斎場や会葬礼状などの準備を自ら進めていた

>“人生最後の舞台”は自分で準備を整えた。
>死期を悟った金子さんは、約2カ月前から葬儀会社と相談。パンフレットを見て、納骨場所でもある斎場、霊きゅう車、棺や、参列者に振る舞う仕出し料理まで自ら選択した
>会葬礼状も日付だけを空欄にして、妻の稚子さんに託した。
>iPadなどのデジタル機器を駆使し、入念な下調べをした流通ジャーナリストらしい“仕事ぶり”だった。

> 4月に撮影されたという遺影の金子さんは、棺の中でも着用しているお気に入りの色・オレンジのメガネとネクタイで、優しくほほ笑んでいた。

>金子さんは亡くなる前日まで雑誌の取材に対応。7月11日のABCの情報番組「おはよう朝日です」が最後のテレビ生出演となったが、共演者には「九州を旅して、経済の元気のいいところを見るロケをしましょう」と約束していたという。


nikkansports.comの記事
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20121004-1027694.html

通夜参列者に、金子さんが用意していた手紙(会葬礼状)が配られた。

>以下、手紙全文

> このたびは、お忙しい中、私、金子哲雄の葬儀にご列席たまわり、ありがとうございました。
今回、41歳で人生における早期リタイア制度を利用させていただいたことに対し、感謝申し上げると同時に、現在、お仕事などにて、お世話になっている関係者のみなさまに、ご迷惑おかけしましたこと、心よりおわび申し上げます。申し訳ございません。

> もちろん、早期リタイアしたからといって、ゆっくりと休むつもりは毛頭ございません!
第二の現場では、全国どこでも、すぐに行くことができる「魔法のドア」があるとうかがっております
>そこで、札幌、東京、名古屋、大阪、松山、福岡など、お世話になったみなさまがいらっしゃる地域におじゃまし、心あたたまるハッピーな話題、おトクなネタを探して、歩き回り、情報発信を継続したい所存です

> 今回、ご縁がありまして東京タワーの足元、心光院さまが次の拠点となりました。
「何か、面白いネタがないかな?」と思われましたら、チャンネルや周波数を東京タワー方面に合わせ、金子の姿を思い出していただけましたら幸いです

> このたび、葬儀を執り行うにあたりまして葬儀社のセレモニーみやざき 宮崎美津子さまには生前より真摯(しんし)に相談にのって頂きました。また、自分の歩んできた道とゆかりのある港区東麻布を終(つい)の住処とすることをお許しいただきました、浄土宗 心光院 御住職 戸松 義晴先生には公私にわたり、死生観などのアドバイスをちょうだいしました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

> 最後になりますが、本日、ご列席下さいました、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈りしております。41年間、お世話になり、ありがとうございました。

> 急ぎ、書面にて御礼まで。

> 平成24年10月1日

>流通ジャーナリスト 金子哲雄


参照記事 まとめブログへのリンク(2chの反応)
http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51743357.html

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死を前にして、このように礼儀を重んじつつユーモアのある文章を考えられる悟り具合に感服です。

魔法のドアとか情報発信を継続するとか、さすがに無理やでw
と言いたい部分も多々ありますが、
これにより、東京タワーを思い出す時、同時に金子さんを思い出す人が沢山出来た事でしょう。

昨年8月のラジオ番組で金子さんは、4人姉弟なのだが、姉と2人の弟は既に病死しており、
姉弟の分まで生きなければと無言のプレッシャーを感じていたが、妻に「自分の人生を生きなさい」と言われた事で心を救われ、それが人生の指標になったと語っていたそうです。
このような経緯を経てきた事によって、自身の死ともしっかりと向き合う事が出来たのかもしれませんね。

ご冥福をお祈りします。

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